日本人小児の体格の評価に関する基本的な考え方

日本小児内分泌学会・日本成長学会合同標準値委員会

田中敏章、横谷進、加藤則子、伊藤善也、立花勝彦

杉原茂孝、長谷川奉延、大関武彦、村田光範



【はじめに】
小児の体格を評価する際に、人種別(あるいは国別)、男女別、年齢別に成長指数(身長、体重、など)の標準値が必要であることは言をまたない。このような標準値について検討するために、日本成長学会および日本小児内分泌学会では合同標準値委員会(以下、本委員会)を設置して、2009年5月より2011年5月の間に4回の委員会を開催した。本委員会は、日本人小児の体格の評価について基本的な考え方をまとめたのでここに公表する。


【結論】
日本人小児の体格を評価する際、2000年度に厚生労働省および文部科学省が発表した身体測定値データ(以下2000年度データ)から算出した基準値を今後も標準値として用いることが妥当であると結論する。この結論が、臨床・教育などの現場や、研究・生活指導などの目的によらず、広く用いられることを期待する※1


【2000年度データを標準値として用いることが妥当であると結論した経緯】
概念的には、身体計測値の標準値は、“その個体にとって生物学的にもっともふさわしい身体計測値”と定義される。しかし、小児を含むヒトにおいて“生物学的にもっともふさわしい身体計測値”を具体的に定義することは不可能といわざるを得ない。
いっぽうで、我が国において、文部科学省は学校保健統計調査として毎年満5歳から17歳(4月1日現在)の幼児・児童の、厚生労働省は10年毎に生後14日以上小学校就学前の乳児・幼児の、性別年齢別小児身体計測値データを発表している。すなわち10年に1回小児全年齢にわたる男女別、年齢別身体測定値を入手することが可能である。
本委員会では以下の4条件をなるべく満たすような年度の身長および体重計測値を標準値とすることが最も妥当であると考えた。


日本人小児において

  1. 小児全年齢にわたる男女別、年齢別身体測定値を入手することができる年度であること
  2. 成人身長のsecular trendが終了した以降の年度であること
  3. 成熟のsecular trendが終了した以降の年度であること
  4. 肥満増加傾向が明らかとなる以前の年度であること

以下に各4点の検討結果を示すが、4点をすべて満たす年度はないことが判明した。
そこで、1を必要条件とし、4よりも2および3を重視し、2000年度データをもとに算出した基準値を標準値として用いることにした。なお、今後も10年毎に小児全年齢にわたる男女別、年齢別身体測定値を入手することが可能であるが、同じ標準値を用いることが望ましいため、当面2000年度データに基づく基準値を標準値として用いる。

  1. 小児全年齢にわたる男女別、年齢別身体測定値を入手することができる年度は、2000年(平成12年)度からさかのぼること10年毎である。
  2. 日本人成人身長に関するsecular trendは男女ともに1990年代前半に終了した日本人成人身長に関するsecular trendは男女ともに1990年代前半に終了したと考えてよい(表1参照)。

    【表1】日本人成人身長の近似値と考えられる17.5歳の平均身長(cm)※2
    男性 女性
    1980年 169.7 157.0
    1985年 170.2 157.6
    1990年 170.4 147.9
    1995年 170.8 158.0
    2000年 170.8 158.1
    2005年 170.8 158.0
    2010年(速報値) 170.7 158.0
    なお、1900年から1980年代後半にかけては、日本人成人身長は男女ともに増加するというsecular trendを有した※3,※4
  3. 日本人成熟に関するsecular trendは2000年にほぼ終了した。身長の伸びに関する“成熟”のsecular trendは2000年にほぼ終了した。
    すなわち、日本人男児13.5歳、女児11.5歳の平均身長の増加に関するsecular trendは男女ともに2000年にほぼ終了したと考えてよい(表2参照)。

    【表2】日本人男児13.5歳、女児11.5歳の平均身長(cm)※2
    男性(13.5歳) 女性(11.5歳)
    1980年 156.9 144.9
    1985年 157.7 145.5
    1990年 158.8 146.3
    1995年 159.6 146.7
    2000年 160.0 147.1
    2005年 159.9 146.9
    2010年(速報値) 159.7 146.8
  4. 日本人小児の肥満傾向は遅くとも1980年代前半から始まっている。
    2歳から17歳における1978〜1981年、1990〜1994年、2000〜2001年、各年代における日本人小児BMI成長曲線による検討によれば、学童期以降BMIの97、90、75パーセンタイル値は男女とも1980年代、1990年代、2000年代と年代が進むにつれて上昇した。
    一方、50、25、10、3パーセンタイル値は各年代間で有意な変化を認めない ※5,※6,※7


【実際の運用上の注意点】

  1. 日本人小児の身長の標準値は、2000年度データをもとに算出することとする。
  2. 日本人小児の肥満度およびBMIの標準値の算出の際に用いる身長・体重の測定値は、2000年度データとする ※8
  3. 日本人小児の肥満度およびBMIの標準値の算出の際に用いる身長・体重の測定値は、2000年度データとすることは、日本人小児の肥満を過小評価する。日本人小児の肥満は2000年以前よりすでに増加しているからである(上述)。
  4. 今後も学校保健を含む現場において小児の身体測定を継続すべきである。個々の小児の体格評価、全国の小児の体格変化を知るためである。


【小児肥満の診断に関する注意点】

  1. 肥満は“身体に脂肪組織が過剰に蓄積した状態”であるが、一般的には、肥満を“治療的介入を要する状態”、過体重を“医学的評価を要する状態”、と規定する。すなわち、比較的軽度の肥満を過体重と定義しているわけではない ※9
  2. 以下に述べるように、BMIや肥満度を用いた「小児肥満」の判定が行われるが、身長・体重の測定値だけから得られる体格指数によって被験者個人の肥満を判定することはできない。体格指数から判定できるのは過体重である。しかし、疫学研究などにおいて、肥満の代替指標としての有用性に基づいて、肥満を検討する目的で体格指数を用いることは可能である。
  3. 国際的に認められた小児肥満および小児過体重の診断のgold standardはない。
  4. BMIを用いた小児肥満の評価
    1. 暫定的に、2000年度データを用いた性別BMI成長曲線の17.5歳におけるBMI25に相当するパーセンタイル値以上を過体重(あるいは肥満)と定義する。
    2. 上記の定義が妥当であるか否かを今後臨床的に検証する必要がある。
  5. 肥満度を用いた小児肥満の評価
    1. 肥満を肥満度20%以上と定義する基準は歴史的であり、この基準を踏襲する。ただし、20%という値に明確な科学的根拠があるわけではない。
    2. わが国においては肥満度算出のために用いる標準体重の算出方法に複数の方法が存在することに留意する。
  6. BMIと肥満度による小児肥満の評価の異同
    1. BMIと肥満度による小児肥満の評価は、有意に相関する ※10,※11
    2. BMIと肥満度による小児肥満の評価を年齢別に検討すると、身長に関わらず、男児6歳以前あるいは13歳以降、女児6歳以前あるいは12歳以降ではよく一致する。男児6-13歳、女児6-12歳では、BMI(パーセンタイル値)による肥満の評価は、標準的な身長の小児においては肥満度による評価と良く一致するが、肥満度による判定との比較において、高身長では過大評価、低身長では過小評価する傾向にある。



引用文献

  1. 橋本令子、村田光範.日本人小児の標準体重を検討するための基礎資料に関する研究.日児誌115:1055-1061,2011
  2. 学校保健統計調査
  3. 緒方勤、松尾宣武、他. 日本人のtarget heightおよびtarget rangeについて(第1編)target heightおよびtarget rangeの設定. 日児誌94:1535-1540,1990
  4. Ogata T, Tanaka T, Kagami M. Target height and target range for Japanese children: Revisited. Clin Pediatr Endocrinol 16:85-87,2007
  5. Inokuchi M, Hasegawa T,Anzo M, Matsuo N. Standardized Centile Curves of Body Mass Index for JapaneseChildren and Adolescents Based on the 1978-1981 National Survey Data. Ann Hum Biol 33: 444-453,2007
  6. Inokuchi M, Matsuo N, Anzo M, Hasegawa T. Body mass index reference values (mean and SD) for Japanese children. Acta Paediatr 96: 1674-1676,2007
  7. 井ノ口美香子. 日本人小児の肥満-診断・頻度・国際比較-. 慶應医学85:T53-T85,2009
  8. Kato N.The cubic function for spline smoothed L, S, M values for BMI reference data of Japanese children.20:47-49,2011
  9. Barlow SE, Dietz WH. Obesity evaluation and treatment: Expert committee recommendations. The Maternal and Child Health Bureau, Health Resources and Services Administration and the Department of Health and Human Service. Pediatrics 102: E29,1998
  10. 磯島豪、内木康博、堀川玲子、横谷進、田中敏章. Body Mass Index(BMI)Zスコア(SDスコア)と肥満度の相関―内分泌外来を受診した小児における検討―. 成長会誌13: 69-76,2007
  11. 磯島豪、内木康博、堀川玲子、横谷進、田中敏章. Body Mass Index(BMI)Zスコアと肥満度の相関-秋田県健常小児における検討-肥満研究14:159-165,2008